段位を目指すことの効用

2011年10月22日 13:58

 粗挽き1.4k、繋ぎ0.1kというのは、しっかり繋ぐこと自体がなかなか大変です。この数ヶ月間、段位認定を目指して悪戦苦闘を強いられ、時にアホらしく思い、止めようか等と思いましたが、終わってみればそれなりの効用がありました。(※以下、自画自賛あり。可とする人のみどうぞ。)
 
 先日、試験合格後の初めての稽古会に参加しまして、皆さんからの暖かい祝福と美味しいお酒を頂きました。これも、なにかを成し遂げた後の達成感という効用といえば効用ですが、もちろんそれだけではありません。

 それは、明らかな技術の向上という効用です。
 「明らかな」と書いたのは、自分でちょっとびっくりしたくらいのことがあったからです。

 上の一杯飲み会の前に、一玉打ちました。
 普通に挽いた新蕎麦を1.3k+0.2kで打ったのですが、全般に極めて楽にスムースに作業を進めることができました。しっとりしたドウができましたし、麺線もほぼ直角、直線に整えることが出来ました。加圧を意識しながらの延しも概ね適切だったと思います。(ただ、切りについては依然いまいちで、今後の訓練を要します。)

 びっくりしたのは、自分で言うのは大変おこがましいのですが、全体や細部を俯瞰しながら作業をしている自分を発見した時です。これまで、困難な粉で、蕎麦粉や生地の状態を考え考え演錬をしたことで、このことが多少身に付いたのではないかと思います。
  
 もう一つびっくりしたのは、その蕎麦を食べる時でした。
 新蕎麦ということもありますが、美味しくできていました。

 美味しさの要素というのは、味自体は勿論のことですが姿形という要素に大きいものがあります。
 私が思います、良い姿形とは、

 姿=強い張りがあって、しなーっとしていない。
 形=断面が適度な太さの正方形であり、適度な長さがある。

、です。
 前者については、あまり議論されることがないのですが、実はこれが大変大事であり、「コシ」とはこのことを言うのではないかと思っています。
 で、今回、そのコシが良く出ていたように思います。
 その原因は、短絡的な考えですが粗挽き粉で培った加圧技術(?)の効果ではないか、と思うわけです。
 しっかり加圧されていないと、いわば「骨粗しょう症」状態になっているわけで、茹でたあとの「強い張り」にならないのではないかと思うのですね。

 さて、段位認定制度には異論があります。
 が、目標を達成するのに、自らハードルを設けて集中的に訓練し(せざるを得ないようにし)、結果、効果的な技量向上が図られるという好ましい効用がありますから、私は肯定的に捉えています。

 今回、2回目の挑戦ということもあって途中嫌気がさすこともありましたが、終ってみればそういう起伏も含めて、まぁ良かったかな、なんて思っています。


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