繋がる-2

2011年06月05日 23:40

 麺は、粉が、ある種の結合をしている状態なのですが、その結合が全体に一様でなく、弱い部分が存在するとその部分で結合が解(ほど)けて、それが「切れる」ということになるのだと思われます。
 現在、段位認定試験を想定して1.4kの(粗挽き?)粉に0.1kの中力粉でやっています。
なかなか満足いく繋がり方になりません。

 「切れ」の兆候は、本延しの段階に現れてきます。
 このときの肌の状態をよーく見ると、いわゆる「鮫肌」に似た状態になっています。

 鮫肌は、麺帯の表面が乾燥することで発生しますが、上の場合は、魚の鱗(うろこ)状態といった方が良いようです。この状態を延すことで麺帯を引っ張るものですから、その鱗がはずれてそこが裂け目になるというような様子になっているのです。勿論、麺帯を引っ張らないように真上から圧するような麺棒の使い方をするのですが、事態はあまり改善できません。
 したがって、麺帯が鱗状態にならないようにする措置が必要である、ということだと思われますが、材料が材料なのでなかなか厳しいわけです。

 この鱗の1枚に当たる部分は、冒頭で書いた「結合の強い部分」です。そして、鱗と鱗の間隙(すきま)に当たるところが「結合の弱い部分」であり、そこから結合が解(ほど)けていく、ということになります。
一般に、切れるのには色々な状況があると思いますが、そのひとつの現象がこれだと思われます。

 さて、繋がることの理想的な状態というのは、粉と水で「(固めの)糊状の結合体」を作るということだと思うのですが、その説明のために、さらに別の例えをするならば、「ご飯粒を糊にする」という過程を想像するのが良いかもしれません。

 この例えでいくと、上に書いた本延しの段階で見られた鱗状のものが「ご飯粒」に当たります。
 理想としては「水回し~捏ね」の過程で、ドウは最終的に「糊状の結合」になっていなければならないのですが、現実としてはこの「ご飯粒」状態が最後まで残ってしまっており、全体としてはご飯粒同士がくっつきあった程度の結合になっているのではないか、と思うのです。この結合は弱いので、ここが裂け目になります。

 ではなぜ「ご飯粒」状態が最後まで残るのか、という疑問が湧きますが、これは水回しの初期の段階、つまり「粉」が「砂状~大豆状」になる段階で、グルティンによる結合が概ね完了してしまうからではないでしょうか。そうだとすると、それから以降の作業というのは、このご飯粒でもって、いわば「お握り」を硬く作るか、ゆるく作るかということになる訳です。ほんとにそうかどうか解かりませんが、本延しで発生している鮫肌状態の鱗文様を観察すると、そのようなことを想像するわけです。

 そうであるならば、次なる課題は、ご飯粒同士の結合をいかに強くするか、ということになります。

 私は前々から、「力強く練る」という行為が、上で記した「糊状」の結合にすることに対して効果があるのだろうかという疑問を持っていました。なぜかというと、第1には、プロの動作を見ると必ずしもそのような動作ではなく、どちらかというとドウ全体に対して(見た目にはほんわかと)圧力を加えるという動作のように見えるからです。そして第2には、練り込む行為を行なうことで、乾燥した表面が、ドウの内面に入りこんで行き、それがある種の不連続面(そこから切れることになる)をドウの中に内在させることになるのではないかと思われるからです。この場合、時間をかければかけるほど、乾燥がきつくなるのでこの傾向が強くなります。

 さて、上で書いた「ご飯粒」理論(?)で行けば、ご飯粒間の弱い結合を強いものにすることがポイントになる訳ですが、そのためには、いかに圧力を加えるかということを考えれば良いということになります。
 そこで、本日の稽古では、とある試行をやってみました。
 今回は、練ることをやめて、パン等の製造過程で行なわれるような、ドウを台に「打ちつける」ということをやってみました。

 比較のために、捏ねに費やす時間の間、ドウを鉢の底に適度の力で打ちつけ続けました。(私は陶芸をやりますので、この作業は割とうまく出来たと思います。)
 このことで、ドウ全体に非常に大きな力が加えられ、「ご飯粒」同士の隙間が詰まり、結合が強まるものと思われます。
 結果は、全体が締まって、なおかつ肌のきめが細かいドウができました。体積もいつもと比べると少し小さいように見えます。

 問題は「延し」ですが、それでもやはり鱗状のものが発生はしましたが、程度は小さいように見えました。全体にしっとり感があるようでした。
 そして、少なくとも、麺帯はとんでもない状態にはなりませんでしたから、結果的におかしなことをやった訳ではないようです。
 また、「切り」の段階を観察しても、繋がり具合は、普通程度かやや良という状態でした。

 早速、茹でて食しましたが、まぁまぁしっかりした出来上がりになっているように思えました。

 以上から、しっかり練り込むというのは必ずしも必要なことではないような気がします。
 一般的には、「練ること」で「粘り」がでてきますが、蕎麦打ちの場合、両者の関係は必ずしも直結しておらず、比例関係ではないような気がします。

 今回は、「圧する」ことで結合を高めるという観点でしたが、「纏め」の段階でドウを引きちぎるように練ることで結合を高める手法も良いように思われます。
 次回はそれについて整理してみたいと思います。


 それにしても、
・そば粉と水分がミクロの世界でどうなっているのか。
・そこにグルティンが、文字通り、どう絡まってくるのか。
・水の引力や粘性が繋がることの要素のようだが、これらはどう説明されるのか。

 この辺のことを知りたいものです。



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