原発は廃止すべきか?

2011年04月22日 14:10

 先日の稽古会で「原発は化け物だだから廃止すべだ」ということが話題になりました。
 この論議は今後もしばらく続くでしょう。
 今回の、原発事故の推移を見ると、私も言い知れない恐怖を感じます。まさに「化け物」を見るようです。
 しかし、だからと言って原発を止めてしまって良いのかというと、それは少し短絡的ではいかと思います。

 今後の事故調査を待たないとはっきりしたことは言えませんが、原発は、設計どおり、地震に堪え、自動的に停止しました。あとは、冷却機能が作動すれば、ほぼ問題は無かったと思われます。ところが、まず、これを作動させる商用電源が途絶えました。当然、それを補う非常用発電機が準備されていましたが、残念ながら津波による冠水のために、それは作動しませんでした。(燃料タンクも同時に流されてしまいました。)

 つまり、今回の事故の直接要因は、この非常用発電機の津波対策不足にあったと思われます。
 そして、さらに事故を拡大させたのが、東電の官僚的体質と政府の無策にありました。
 本来なら、「化け物」は、化けることもなく、おとなしくさせておけるはずだったのですが、人間側にミスがあったため、恐ろしい化け物の姿となって我々を襲い始めたのです。
 では、だから今後は原発は廃止すべきなのか、それともこれらのミスの防止手段を講じつつ使用していくべきなのでしょうか。

 私は、使っていくべきと思います。
 確かに、事故が発生した場合の被害の度合は桁はずれのものがあり、そのリスクだけを見ると大変に過大です。従って、将来的には廃止の方向に導いていかねばならないのでしょうが、我が国の原子力発電の割合が3割になっているという現状から考えれば、当面は付き合っていかねばならないものだと思います。
 全世界的に見ると、化石燃料への依存度が大きいですが、枯渇の問題や地球温暖化の問題などがあって、やはり、当面は原子力に依存しなければならない状況であると思われます。フランスなどでは既に80%近い依存度になっています。

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 要は、現実の問題として、画期的な代案を示し得ないのであれば、この化け物と戦っていくしかないのではないか、ということです。
 
 ものごとには、必ず「表と裏」、「光と影」があります。今、その影の部分にだけ着目して、身をこごめてしまってよいかという、ことです。
 われわれ人類は、火の利用から始まって文明の利器と言われるものが本来的に持つ危険をコントロールしつつ、今の文明を作ってきました。文明の発展のあり方については様々な意見があるでしょうか、もう後退は出来ない、というのが健全な理解の仕方ではないかと思います。
 飛行機も新幹線も危険そのものです。しかし、それを上手に使うことで、人類全体としての「幸福」を得てきているという事実を見なければなりません。

 今回の事故(の拡大)では、人的要因がかなりあると思います。
 物的な面での対策よりもこちらの方が、ひょっとしたら将来にわたっての問題かもしれません。しかし、私は、よりリスクの小さい代替案が確立するまでは、人類の叡智を働かせて、全体システムとしてより安全なものにしなければならないと思いますし、それができると思います。
 もう一つ、負けたくないという思いもありますね。

 (ただ、上の表を見ながら思うのは、中韓鮮(特に中国)の原発の安全性です。この国の人達は、安全を尊重する意識が必ずしも強くありませんから、大変やばいと思います。建築工事でも、おから工事が当たり前の世界のようですからね。そして、万一の場合は、偏西風にのって放射性物質がいやおうなく飛んで来るのです。私は、こちらの方がよっぽど心配です。)

追記;
 朝日新聞社が16、17日に実施した全国定例世論調査(電話)では次のような結果が出ています。この大事故の後なのに、意外と、現状で良いとする意見が多く残っています。私は、国民は健全だと思います。

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