百年兵を養うは一日のため

2011年04月03日 13:31

 今回の大震災における日本人の対応振りに、海外から驚きと賞賛の声が上がっています。
 一方で、全体を指揮すべき政府の対応には、海外からも大いに疑問の声が上がっているようです。今回の震災について、テレビ、新聞、ネット等などでも実に様々なコメントが流れていますが、段位認定試験も少し先に伸びたようですので、しばらくは自衛隊OBの立場から、感じたことなどを記録しておきたいと思います。
 自衛隊は、普段、なにをやっているか?という疑問を多くの国民はもっておられると思います。
 実は、私の父親も長い間そういう疑問を持っていたようでした。
 ある時(私が沖縄の航空隊に勤務の時の5月の連休に)、来沖しましたので、部隊を見学させることにしました。
 朝早めに部隊に参りましたが、当日も休日にかかわらず、監視飛行(※)の準備のために、隊員達がP-3Cの周囲を忙しく立ち働いていました。


(※)監視飛行
 海上自衛隊は、毎日、数機のP-3Cで日本周辺海域をくまなくパトロールしています。
 お巡りさんのパトロールと同じで、それぞれの警備担当区域の様子を毎日毎日観察していると、不審者(船)の存在などが一発でわかります。また、周辺国の艦船の動きを把握することが出来ます。(航空自衛隊は、毎日24時間、同じように空を監視しています。)

 さて、その時、父が、「今日は、特別に何かあったのか」と問いましたので、事務室に行って、東シナ海のチャートを広げ、毎日行なう監視飛行のことを説明したのでした。

 それを聞いて、父いわく、「そうなのか。海上自衛隊が何をしているのかやっと解かった。」と。
 兵隊の経験があり、海上自衛官を息子に持つ者がこれですから、大多数の国民の理解度も推して知るべしということでしょう。(もっとも、これまでにそんな話をしていない息子が悪いのですが‥。)

 さて、この監視飛行は、いわば実任務(訓練ではなく実際の業務)でして、一つの基地で保有する約20機の航空機のうち1機(12人が搭乗)がそれを行なうわけです。
 では、残りの大多数の飛行機と隊員は、普段は何をやっているのかといいますと、各人の持ち場(担当分野)や経験(技量)に応じた、様々な教育訓練を繰り返し繰り返し行なっているのです。もちろん、陸上自衛隊も航空自衛隊も同じです。

 では、それはなんのためか。
 それは、標題に書きました、特定の「一日」、すなわち一朝有事のためです。

 今回の東北大震災は、まさにこの一朝有事に該当します。
 自衛隊の半分近くの10万人を一気に投入しなければならないような、極めて大規模な不測の事態です。戦争という一大事態には及びませんが、それを想像させるような事態といって良いと思います。

 では、こういう事態に備えて、自衛隊はしっかりと兵を養えていたか。
 その答えの一端を、下に記したいと思います。

 下の表は、地震発生直後の航空部隊の行動の模様です。

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航空部隊の初動の状況
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14:46 ( 0分後)発 災
15:01(15分後)陸自東北方面航空隊UH-1×1機(ヘリ映伝)離陸
15:05(19分後)空自三沢基地のF-15×2機離陸
15:05(19分後)空自百里基地のF-15×2機離陸
15:05(19分後)空自小松基地のF-15×2機離陸
15:15(29分後)海自第2航空隊のP-3C×1機離陸
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 地震発生の15分後以降、偵察のための航空機がどんどん離陸を始めています。
 非常に素早い対応です。(車やバイクなら、キーを回せばすぐ走り出せますが、航空機では本来そういう訳には行きません。)

 最初に離陸した陸自ヘリは、撮影したビデオを直接、官邸や陸上司令部に伝送する機能を持っています。官邸では、被災地の状況をリアルタイムに見たはずです。
densou.jpg
   (UH-1J ヘリ映像伝送システム搭載機:機体右側にカメラを装備) 

 これを追うようにしてスクランブル待機をしていた空自戦闘機が各基地から離陸しています。
 そして、29分後に海自のP-3Cが八戸から離陸をしています。
p-3c20100402.jpg
 

 発災の時刻が日中で、隊員が部隊に居たことも幸いして、それぞれが非常な短時間で離陸できていますが、それにしても、大型機であるP-3Cの29分というのは、非常な早さです。
 通常、海自の航空基地では2機・2チームが緊急出動機として(離陸まで約1時間を目処に)待機をしていますが、当日、恐らく大きな揺れの直後に、出来るだけ早く離陸できるように、全員が手分けをして準備に掛かったのだと思われます。

 私も航空隊に勤務していましたが、その様子が目に浮かびます。
 恐らく、各セクションの長配置の者がてきぱきと指示をし、それを受けて各隊員は大声を出すことなく、いつもの訓練と同じようにそれぞれの持ち場に就いて行動していたものと想像できます。

 上は、航空部隊の状況ですが、陸上部隊も大変素早い行動をとっています。
 下の写真は産経新聞に掲載されたものですが、被災直後の宮城県多賀城の様子です。
tagajyo.jpg
 

 写真で見るように、発災後、直ちに災害派遣の準備をし、号令台の向こう側に車輌を並べ、その手前には出動する隊員が整列できるようになっています。また、手前の車列は、直ぐに隊門に向けて走り出せるようになっています。災害派遣の横断幕も貼られています。
 
 ところが、準備が終わったその直後、津波が押し寄せてきました。
 津波の到達時間を調べると、多賀城には地震発生後の30分~1時間のようですから、この派遣準備の素早さも尋常ではありません。

 以上、記したのは自衛隊の「初動」の一部分です。
 今、自衛隊は地道な捜索活動や生活支援を行なっていますが、こういう事態で、なによりも最初に大切なのは、この「初動」です。

 災害をはじめ不測の事態に対する、危機管理の鉄則の一つは、「初動全力」ということです。
 小出し(兵力の逐次投入)は、最も戒めるべきことです。
 まずは最悪の事態を想定し、とにかく全力を投入し、結果的に空振りに終わっても無事を喜び、淡々と撤収すれば良いのです。良い訓練をしたと思えば、ありがたいくらいのものです。

 今の大変な時期に言うことではありませんが、初動全力という観点で、我が政府は怠りがあったと言わざるを得ません。

 今回の災害で得られた教訓を、次の不測の事態に向けての糧にしなければなりません。
 つまり、政府・国民も含め、「百年兵を養い、一日のため」に備えなければなりません。空振りになってもそれは幸せなことなのです。



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