大震災と自衛隊

2011年03月23日 21:30

 3.11M9.0という数字は、長く日本国民の記憶に留まることになると思います。
 この時期にのんびり蕎麦の話はないだろうと思いますので、震災に際して感じたことを書いて、私なりのささやかな記憶に留めることとしたいと思います。(なお、27日予定の四段位認定試験は延期となりました。)
< この大災害に際し、現場の自衛隊員、警察、消防そして医療部門は本当に立派な活動を続けています。
 私は、自衛隊OBの端くれとして自衛隊員を本当に誇りに思います。
 今回は、この自衛隊に焦点を当てて書きたいと思います。

 たまたま今朝のテレビ報道番組で、被災した航空自衛隊松島航空基地の模様を流していました。自衛隊側の案内者は広報担当の自衛官でした。
 カメラが基地内を進み、津波に流されて無残な姿で横倒しになった救難ヘリコプターの前で止まり、その広報官が当時の状況を説明するシーンになりました。
 その説明の途中、彼は突然に言葉を詰まらせ、「このヘリコプターが飛べれば、何人かの人を救えたのに‥」とカメラの前で嗚咽したのでした。無念の気持ちが痛いほど伝わり、私も思わず涙してしまいました。

 本来なら、ヘリが使えなくなってしまったのは仕方のないことであって、涙するまでのことはないのかもしれません。まして、彼はその救難ヘリを直接を担当している訳ではありません。しかし、そういう立場にあっても、自衛隊の一員として大変に強い無念の思いがこみ上げてきたということなのです。

 今、全自衛隊員は彼と全く同じ思いで、この国難に立ち向かっております。
 その思いは、どこから来るのか。

 それには、実は大元になっているものがあります。
 それは、次の宣誓文です。
 全ての自衛官はその採用時に、必ずこの宣誓文に署名捺印をします。この瞬間から、彼は彼なりに覚悟のほぞを決めるのです。


宣 誓
  私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。


 これはつまり、私は「自衛隊の使命の達成のため、不断の努力をします」、そして「究極の場合には、国民のために命を投げ出します」という誓いです。
 多分、入隊したての青年が、その場ですぐに確固とした信念を持つというのはあまりないでしょう。(私もそうでした。)しかし、その青年も、自衛官としての勤務を通じて、徐々に徐々にこの覚悟を固めていくわけです。その意味では、誤解を恐れずにいえば、今回の震災に出動した彼らはこの自覚を大いに強めるいい機会を得た訳でして、この後に自衛隊は一層強くなると思います。

 自衛隊は、創設以来、この精神で与えられた職務を黙々と遂行してきました。
 しかし、日本国、日本国民は、必ずしもそれを評価しては来ませんでした。多数ではありませんが、少なからぬ人たちは自衛隊の存在を忌避すべきものと位置づけ、正当な評価を与えておりませんでした。
 
 防衛大学校第1期生の卒業式(昭和32年)における、時の総理大臣吉田茂の訓示の中にそれが良く現れています。


吉田首相訓示(一部を抜粋)
 君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。
 御苦労だと思う。
 しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。
 どうか、耐えてもらいたい。


 当時は、昨今よりも反自衛隊の思想が強かったため、上のような内容となったのでしょうが、控えめに言っても、軍の存在というのは理解されにくい側面があります。例えば、「この景気が悪いときに防衛費なんか無駄だ」などという意見がでることがありますが、これが代表的なものでしょう。
 特に我が国では、敗戦とそれに続く戦後占領政策の影響があって、そういう思想が現在に至るまで色濃く残っています。(これは、国民性というよりも、戦後教育という外的な要因によるものです。従って修正が効きます。)

 そういう社会的情勢のなかでも、自衛隊は踏ん張ってきました。
 いや、むしろ、そういう環境であったからこそ、吉田首相が語った考え方を胸に、頑張ってきたと言えるかもしれません。

 今、自衛隊は、いろいろ問題のある人(ほとんどパーのあの人)を最高指揮官として戴いていますが、現場ではあの宣誓をしっかりと守って実に立派な働きをしております。次は、われわれ国民がそれをしっかり評価してやる番です。
 このようにわれわれが軍事力についての接し方考え方を普通のレベルにすることで、われわれの大事な財産であるこの自衛隊は更に強く立派なものになっていくのです。これがひいては、国が普通になる(正常になる)ことに通じ、それがまた、われわれ個々の生活が普通になっていくことに繋がっていくのです。(‥少し説明不足ですが。)

 今回の震災を転じて福と為し、日本が普通の国に早く変わっていくことを切に希望するものです。
 緩みに緩んだ政権の下、次は、震災以上の事態になるかもしれないのです。


(参考)
「一体どこからくるのか、自衛隊の使命感」
 


コメント

  1. 多楽 | URL | fJvsSK6s

    この記事当方のブログで紹介させて頂きたくお願いいたします
    お許し頂く前に投稿していると思いますが
    きっとお許し頂けるものと思っています

  2. たか陶 | URL | -

     どうぞ、どうぞ。
     こちらからお願いしたいくらいです。
     ありがとうございます。

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