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老いても、いける

2011年01月11日 23:00

 昨日のエントリーの最後の部分に、年寄りだってこういう所で勝てるんだ、ということを書いて話を纏めようと思ったのですが、思いつかずに、なんとなく迫力のない終わり方をしてしまいました。
 今日になって次のような例もあるのだということを思い出しました。(やっぱり歳のせい?)
 それは、柴田トヨさんのことです。
 産経新聞に「朝の詩」という、読者の応募作品を載せるコラムがあります。

 そのコラムの応募者の常連で「柴田トヨ」さんという99歳のおばあさんがいます。(今年6月で100歳になるそうです。)
 そのトヨさんが、最近詩集を出しまして、今100万部近く売れているそうです。
 年齢が99歳というのもすごいですが、詩を書き始めたのは90歳になってからだというので、またまたびっくりします。

611.jpg

 もともと、そういう感性を持っていて、90歳になってそれに火がついたということなのでしょう。
 この正月に、トヨさんの対談が掲載されていましたが、それを読むと脳の働きは全く衰えていないと解かります。

 医学用語に「廃用性萎縮」というのがあるそうですが、人間の体は使わないと萎縮していくという意味です。
 脳も働かせず体も動かさないと、どんどん退化していき、しまいには動かなくなるという訳です。
 でも、トヨさんにはその恐れはないようです。100歳にもなろうというのに、です。

 さて、話を戻しまして、そば打ちというのはその点いいかも知れません。
 
 毎回毎回状態が一定でない粉を相手に、新鮮な気持ちでこね鉢を前にし、水回しに目と指の感覚を総動員し、加水量の適否にスリルを味わい、延しの厚み・生地の形状を穴のあくほど観察し、切りの際には無心の境地になり、そして出来上がりに一喜一憂し‥‥。そしてまた、気持ちだけでなく、体だって、大きくかつ繊細に動かし続けています。
 
 少し大げさに言えば、感動の連続、運動の連続。
 体も脳も「廃用性萎縮」になるどころか、むしろ伸びていくのではないでしょうか。

 頭を使い続ければ、若い人にも負けないし、むしろ逆に優ることだってあるでしょう。
 その一つの例証が柴田トヨさん。
 年寄りだからといって、萎縮したり諦めたりすることは全くないということだと思います。

612.jpg



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