水回し、練り、切りのこと(段位大会の講評から)

2010年02月28日 22:37

 本日は「全麺協素人そば打ち段位認定埼玉大会(三段)」の2日目が行われました。例によって、作業員で参加しました。
 今回の合格率は約50%で、いつになく厳しい採点でしたが、この程度の厳しさが無くては、ありがたみも薄くなり、挑戦意欲も湧かず、合格の喜びや不合格の悔しさも感じにくくなるのではないか、と思います。
 審査員長は、上野「藪そば」三代当主鵜飼良平氏でしたが、最後の講評の中で次のようなお話がありました。
 「水回しにおける水の投入の際し、鉢の中央部に池のようにしてまとめて入れるのは、良くない」ということについて。
 高橋邦弘氏などプロの割と多くの人が、中央部分に一気加水をしています。ある時期から我が蕎麦打ち倶楽部でもこのやり方が推奨されていましたから、私も全く疑問に思っていませんでした。
 今日の鵜飼氏の指摘は、それに反するものですが、ポイントとされているのは、「蕎麦粉というのは吸水性が非常に高く、すばやく水に溶けるので、水を投入する場所が偏ると、蕎麦粉全体に対する加水が偏る」というものです。
 「そうならないために、できるだけ全体に満遍なく水を撒くようにして水を投入すべきであり、更に良いやり方は、(たとえば)左手で水を投入しながら、それと同時に右手で水回しを行うなどのやり方である。少なくとも、水の投入後に、おもむろに水回しを始める、というのはまったく不可である。」ということでした。
 蕎麦粉の吸水性とその進行度が早い、ということによる影響が大きいということなのですが、中央部に水を溜めるということと鉢内で筋状に撒くということと、どの程度の有意な差があるのだろうか、と思いました。
 あんまり、差はないような気もするのですが、かといって中央に水を溜めるやり方でなくてはならないという根拠ももってはいませんが‥。
 いずれにせよ、最初の1分が重要であり、すばやく作業をしなければならないという点は、大事なことのようです。

 「括りと練りとは違う」ということについて。
 鵜飼氏が言うには、
 「練りと括りの差がない作業ぶりの人が居る。練りは言葉通り、しっかりと練りこまねばならない。」
 ということでした。
 練りという行為によって、蕎麦粉と小麦粉と水がどういう変化をしているのか良く分からないのですが、想像するに、圧力を加えることによって粉の粒子間の距離が小さくなり、ある種の引力が大きくなり、切れにくくまた弾力のある麺になるということのような気がします。
 そのためには、単なる加圧だけではなく、「練りこむ」という刷り込むような力の加え方が必要ということを言っておられると思うのですが、これもまた、果たして有意なことかどうか、良くわかりません。ひょっとしたら、グルティンという物質の働きの方により関係があるのかもしれません。
 いずれにせよ、一定量以上の加圧をしっかりと行うことが大切である、ということのようです。
 この加圧については、木鉢作業においてだけでなく、延しの作業においても必要なことではないか、と思われます。
 つまり、言葉を変えれば、前にも書きましたが、蕎麦打ちさぎょうの前半部分というのは、「生地を常に搗き固める」ということではないかと思います。

 「切り」について。
 「包丁の送りが大げさな人が居る。こうすると「てじり(手尻?)」(別名;象の鼻)がでる。てじりを少なくするには、包丁の前後方向の移動量を少なくするのが良い。そして、発生するてじりの量はせいぜい盃一杯まで。」
 てじりを無くすには、包丁の刃先と麺帯の面を平行にして切り下ろすか、切っ先の方から若干早く下ろしていくことで、面帯の先のほうを先に捉えながら、この部分が動かないようにして切り下ろせば良いように思えます。また、こうすることで、麺帯が左回天することが防止でき、麺帯を切る線が左に傾くこともなくなります。
 切りにおける包丁の動きとしては、前後の動きを少なくするとともに、上下の動きも必要最小限にすることが大切のようです。無駄な動きは、様々な弊害の元になります。

 
 昨年のこの時期に、私も三段を受験しなんとか合格したのですが、あれから丁度1年経ちました。それなりの上達をしたという気もしますが、それよりもまだまだ課題山積という気持ちのほうが大きいです。
 ガンバラナクッチャ。


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