「素人」か「アマチュア」か

2010年02月27日 22:00

 素人蕎麦打ち段位認定大会(三段)が当地で行われております。
 その模様については措きまして、今日は、タイトルの「素人」という言葉について考えてみたいと思います。
 「素人」という用語の、大会としての定義については、当然きちんとしたものがあるのですすが、ここで書くのはその語感から来ることについてです。
 素人(アマ)と玄人(プロ)という言葉は、通常、次のように使われているように思います。

 ―――――――――――――――――――――――――
|   区分    | 就業状況からみて | 技能の面からみて |
|――――――+――――――――+―――――――――|
| 素人(アマ) |  非職業人    |  低技能者     |
|――――――+――――――――+―――――――――|
| 玄人(プロ) |   職業人    |  高技能者     |
 ―――――――――――――――――――――――――

 この表でみるように、「素人」というのは、「非職業人または技能未熟者」のことを指し、「玄人」というのは、「職業人または高技能者」を指す、とういうのが一般的な捉え方です。

 ところが、非職業人でありながら高技能者であるという人が、現実沢山おられるわけでして、この方々をのことをどう表現するか、という問題が発生する訳です。
 こういう人には、「玄人はだし」とか「玄人顔負け」とかいう言葉が、該当するのですが、残念ながら現実的に「玄人はだしの蕎麦打ち‥大会」とは言わず、「素人蕎麦打ち‥大会」と言い慣わしています。

 こういう方々にとっては、この部分にある種の不満が発生する訳なのですが、私は、そこまで考えなくても良いのではないかと思います。
 というのは、「素人蕎麦打ち‥大会」という言葉には、「素人ながら、『蕎麦打ち』という(高い)技術を競う‥大会」という意味が込められているからです。
 つまり、ここでいう「素人」とは「非職業人」ということであって、そういう人達によって、蕎麦打ちというある種の高い技術が必要な行為を競い合う大会が行われる、ということを意味しているからです。ここでいう「素人」とは「低技能者」という意味ではないのです。このことは「素人‥名人戦」という言葉の使われ方を見れば、良く分かります。(低技能者の名人戦などありえませんから。)
 したがって、「素人」という言葉を冠するのは全く問題が無い、と思われます。
 
 次に、この「素人」という言葉を「アマチュア」という言葉に言い換えるべきかどうか、という問題が来ます。
 厳密に言えば「アマチュア」という言葉と「素人」という言葉には違いがあるのでしょうが、日本語としては、ほぼ同じ意味で使われていますので、字義上は、どちらを使っても良いと思われます。
 ただ、「アマチュア」というほうが、なんとなくハイカラで、「(低技能者という意味の)素人」を感じさせないというメリット(感)があるので、そちらに気持ちが傾きがちになるということでしょう。

 でも、私は、せっかく「素人」という立派な日本語があるのに、「アマチュア」という、(私から見れば)なんとなく逃げたような言葉使いをする必要は無いように思います。蕎麦打ちという伝統を引き継ぐべき我々の立場からすると、日本語を主用するという立場をとるべきではないだろうか、と思うわけです。

 以上、上に掲げた(「素人=非職業人」という)意味からして、「素人蕎麦打ち‥」という言葉を使ってなんら問題はなく、また、アマチュアという言い方をことさらにする必要はないのではないか、とうことだと私は思います。


 言葉を言い換えることが、しばしば行われています。
 一昔前には、「撤退」を「転進」といったり、「全滅」を「玉砕」といったり、というようなことがありました。
 「めくら、つんぼ」等の言葉も「○の不自由な方」などという言い方になっています。
 「めくら」や「つんぼ」を復活させよなどというつもりはありませんが、心の伴わない言い換えやごまかしになってしまっては絶対に良くない、ということを言いたいのです。

  素人かアマチュアかという論議の根底にはそれに似た感覚があるような気がします。
  それよりも、「素人蕎麦打ちといっても、あの人たちは、玄人みたいだ」ということが世の中に定着するように、努力の方向を向けたほうが良いように思います。


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