2015年02月26日 21:25
「蕎麦」としての大事なことは「麺線が長くしっかり繋がっていること」です。そのためには、蕎麦の粉粒(突き詰めると直径数ミクロンのデンプン粒)同士が、強い力で付着しあっていることが必要です。そして、その付着力の主体をなしているのが、水の表面張力でして、それが効果を発揮するには、粉粒同士の距離がより小さいことが重要である、…等と、これまで述べてきました。 (注;以下、割粉の割合の少ない蕎麦を念頭に置いています。)
水回しが終わり、玉としてくくった段階では、粉粒同士はゆるくくっ付きあっている状態です。下図Aはそのイメージです。玉は軽く纏められただけですから、粉粒同士の距離は離れており、その間隙には「水分」と「空気」が散在しています。
この玉をしっかりと繋がる麺にするためには、粉粒間の距離を小さくして、右図Bのような状態にしなければなりません。
上のBの状態というのは、2つの見方ができます。
①「加圧」によって粉粒同士が密着したから、内部にあった「水分」と「空気」がなくなっている。
②「加圧」によって「水分」と「空気」を押し出したから、粉粒同士が密着している。
つまり、「加圧」と「水分・空気の外部への追い出し」の両者は裏表の関係にあります。
いずれにしても、上のB図のような密着状態を実現する方策は「加圧」です。そのやり方は単に上から押さえつけても良いのですが、通常は、巻き込むような操作が行われます。
そして、更にこれを発展させたやり方が「菊練り」ですが、「菊練り」は効率が良いだけでなく、以後の作業上必要な鏡餅状のきれいなドウを効率的に作ることができるという、非常に優れた技法です
更に、「菊練り」には、今回の主題に関連するのですが、空気を外部に出すという、非常に重要な点があります。
以下、推量が入っていますが、練りによって水分と空気を追い出す仕組みについて述べます。
1 単純に直線的に加圧をする場合
上の図のBのような状態を作るための単純なやり方は、上から直線的にグッと加圧するという方法です。
水分は、玉の内部で連続して(繋がって)いますから、加圧されることで、玉の外側に近い水分が先に外部に押し出されてきます。これを続けていけば、ある程度量の水分が外部へ出て行き、粉粒の密着が良くなる、という訳です。
一方、空気室(気泡)は、必ずしも連続していませんから、変形するだけで、大部分は外部へ出てくることはないと思われます。従って、上からの直線的な加圧の操作を繰り返しても、効果的ではありません。(注;ここで話題にしている空気室の大きさは、目では観測できないほどの非常に微細なレベルのものです。)
このように、直線的な加圧では限界がありますので、これを効果的にしたのが次に述べる巻き込むような加圧のやり方です。
2 巻き込むように加圧をする場合
通常、練りの最初は両手をそろえて巻き込むようにして行います。棒ねりと言います。
下図のようなやり方です。
A図;まとめた玉を、巻き込むように加圧します。
D図;生地の動きは、赤色点線のようになります。
ポイントは、生地の外側の部分が大きく引き伸ばされるような動きをするという点です。
E図;これを繰り返していくと、断面は、この図のような渦巻き状になります。
これにより、生地内の均一化が行われますが、もう一つ大事な点は「生地が順次引き伸ばされていくことで、内部の水分や空気室(気泡)が外側に押し出される」という点です。
図のX点を拡大すると下図のようになります。
生地全体は、図の下側から上側に向けて引き伸ばされます(太い赤色点線)。
こうなることで、内部にあった水分や空気室(気泡)が外側に現れて、弾け出るという状態になります。aの箇所がそれです。図では、大きく描いていますが、実際は非常に微細で、目に見えない大きさです。
bは未だ内部に存在している空気室(気泡)ですが、いずれ外側に出てくるはずです。(下の菊練りの動画を参照)
出てきた空気は、空中に拡散してしまいますが、水分は玉の表面にしっとりした膜を作ります。 これが、「面(つら)」です。
面(つら)が出ることで、概ね練りが完成したと見る訳ですが、これは次のような理屈によります。先人の知恵です。
3 菊練りについて
2項では、棒練りをイメージして説明を進めましたが、菊練りという手法はこれを全体にわたって連続的に行うものです。
蕎麦打ちの菊練りは、歴史的に古い、焼き物における菊練りを参考にしたものと思われます。
陶芸の菊練りについての動画が非常に参考になるので、次に示します。
粘土が巻貝状に巻き込まれる様子、および50秒の付近で、空気室が外部に引き出されて破裂する様子に着目してください。
上の50秒付近の様子(内部にあった大きな空気室が外側に現れて弾けている様子)を静止画にしました。
陶芸では、大きな空気室がこのような形で弾けることが顕著に観察できます。
微細な空気室も同様の振舞いをしているはずですが、直接目視で観察することはできません。しかし、実際、このような微細な空気室は確かに存在しておりまして、菊練りが足らずにこのような微細な空気室を排除できないまま焼成を行うと「ブク」と称するふくらみが焼き物の表面に残る場合があります。(せんべいの表面に出ている泡のような膨らみと同じ原理です。)
-------------
以上、巻き込むように行う練り(菊練り)の大事な点は、水や空気を順次外に押し出すという点にあります。
(蕎麦打ちの)菊練りの際の教え方として、へそ出しの段階あるいはへそ出しされた部分を指して、ここの空気を出すのだ、という説明がされることがありますが、(おそらく)本来はそうではありません。(もちろんへそ出しの部分に空気が残らないようにしなければなりません。)
実際は、水回し直後に纏められた玉の内部には、余分な水分や目に見えない沢山の空気(室)が存在していて、粉粒同士の結合を弱いものにしていますから、これを強くする(繋がらせる)ために、余分な水分、空気を外に押し出している訳です。
四つ出しという技法も凄いですが、菊練りという技法も凄いと思いますね。
加圧をしつつ、水と空気を追い出し、玉の内部の密度を一層高め、しかもそれを美しくかつ手早く、全体にわたって均一に施している訳です。…本当に凄い、と私思います。
【追記】
水回し直後の練りは棒練りと称するやり方をするのが主流ですが、最初から菊練りをするというやり方もあります(高橋邦弘氏等)。一方向に数回の巻き込む練りを行い、その都度方向転換するのではなく、生地を回転させながら連続的に巻き込む練りを行うものです。個人的には、このやり方が、効率的でスマートで良いなぁと思っています。
この玉をしっかりと繋がる麺にするためには、粉粒間の距離を小さくして、右図Bのような状態にしなければなりません。
上のBの状態というのは、2つの見方ができます。
①「加圧」によって粉粒同士が密着したから、内部にあった「水分」と「空気」がなくなっている。
②「加圧」によって「水分」と「空気」を押し出したから、粉粒同士が密着している。
つまり、「加圧」と「水分・空気の外部への追い出し」の両者は裏表の関係にあります。
いずれにしても、上のB図のような密着状態を実現する方策は「加圧」です。そのやり方は単に上から押さえつけても良いのですが、通常は、巻き込むような操作が行われます。
そして、更にこれを発展させたやり方が「菊練り」ですが、「菊練り」は効率が良いだけでなく、以後の作業上必要な鏡餅状のきれいなドウを効率的に作ることができるという、非常に優れた技法です
更に、「菊練り」には、今回の主題に関連するのですが、空気を外部に出すという、非常に重要な点があります。
以下、推量が入っていますが、練りによって水分と空気を追い出す仕組みについて述べます。
1 単純に直線的に加圧をする場合
上の図のBのような状態を作るための単純なやり方は、上から直線的にグッと加圧するという方法です。
水分は、玉の内部で連続して(繋がって)いますから、加圧されることで、玉の外側に近い水分が先に外部に押し出されてきます。これを続けていけば、ある程度量の水分が外部へ出て行き、粉粒の密着が良くなる、という訳です。
一方、空気室(気泡)は、必ずしも連続していませんから、変形するだけで、大部分は外部へ出てくることはないと思われます。従って、上からの直線的な加圧の操作を繰り返しても、効果的ではありません。(注;ここで話題にしている空気室の大きさは、目では観測できないほどの非常に微細なレベルのものです。)
このように、直線的な加圧では限界がありますので、これを効果的にしたのが次に述べる巻き込むような加圧のやり方です。
2 巻き込むように加圧をする場合
通常、練りの最初は両手をそろえて巻き込むようにして行います。棒ねりと言います。
下図のようなやり方です。
A図;まとめた玉を、巻き込むように加圧します。
D図;生地の動きは、赤色点線のようになります。
ポイントは、生地の外側の部分が大きく引き伸ばされるような動きをするという点です。
E図;これを繰り返していくと、断面は、この図のような渦巻き状になります。
これにより、生地内の均一化が行われますが、もう一つ大事な点は「生地が順次引き伸ばされていくことで、内部の水分や空気室(気泡)が外側に押し出される」という点です。
図のX点を拡大すると下図のようになります。
生地全体は、図の下側から上側に向けて引き伸ばされます(太い赤色点線)。
こうなることで、内部にあった水分や空気室(気泡)が外側に現れて、弾け出るという状態になります。aの箇所がそれです。図では、大きく描いていますが、実際は非常に微細で、目に見えない大きさです。
bは未だ内部に存在している空気室(気泡)ですが、いずれ外側に出てくるはずです。(下の菊練りの動画を参照)
出てきた空気は、空中に拡散してしまいますが、水分は玉の表面にしっとりした膜を作ります。 これが、「面(つら)」です。
面(つら)が出ることで、概ね練りが完成したと見る訳ですが、これは次のような理屈によります。先人の知恵です。
3 菊練りについて
2項では、棒練りをイメージして説明を進めましたが、菊練りという手法はこれを全体にわたって連続的に行うものです。
蕎麦打ちの菊練りは、歴史的に古い、焼き物における菊練りを参考にしたものと思われます。
陶芸の菊練りについての動画が非常に参考になるので、次に示します。
粘土が巻貝状に巻き込まれる様子、および50秒の付近で、空気室が外部に引き出されて破裂する様子に着目してください。
上の50秒付近の様子(内部にあった大きな空気室が外側に現れて弾けている様子)を静止画にしました。
陶芸では、大きな空気室がこのような形で弾けることが顕著に観察できます。
微細な空気室も同様の振舞いをしているはずですが、直接目視で観察することはできません。しかし、実際、このような微細な空気室は確かに存在しておりまして、菊練りが足らずにこのような微細な空気室を排除できないまま焼成を行うと「ブク」と称するふくらみが焼き物の表面に残る場合があります。(せんべいの表面に出ている泡のような膨らみと同じ原理です。)
-------------
以上、巻き込むように行う練り(菊練り)の大事な点は、水や空気を順次外に押し出すという点にあります。
(蕎麦打ちの)菊練りの際の教え方として、へそ出しの段階あるいはへそ出しされた部分を指して、ここの空気を出すのだ、という説明がされることがありますが、(おそらく)本来はそうではありません。(もちろんへそ出しの部分に空気が残らないようにしなければなりません。)
実際は、水回し直後に纏められた玉の内部には、余分な水分や目に見えない沢山の空気(室)が存在していて、粉粒同士の結合を弱いものにしていますから、これを強くする(繋がらせる)ために、余分な水分、空気を外に押し出している訳です。
四つ出しという技法も凄いですが、菊練りという技法も凄いと思いますね。
加圧をしつつ、水と空気を追い出し、玉の内部の密度を一層高め、しかもそれを美しくかつ手早く、全体にわたって均一に施している訳です。…本当に凄い、と私思います。
【追記】
水回し直後の練りは棒練りと称するやり方をするのが主流ですが、最初から菊練りをするというやり方もあります(高橋邦弘氏等)。一方向に数回の巻き込む練りを行い、その都度方向転換するのではなく、生地を回転させながら連続的に巻き込む練りを行うものです。個人的には、このやり方が、効率的でスマートで良いなぁと思っています。
コメント
ゴンゴロ | URL | -
菊練について
なかなか興味深い記事です。
私も高橋流の菊練を練習してしていますが難しくてなかなか上手くできません。
( 2015年02月28日 08:11 )
麺殿 | URL | -
江戸風と管理人さん風
いつも楽しく拝見してます。
藤村和夫さんによる江戸風の口伝では「粟粒大の粒状にして全体が平均化してきたら、少し水を加えて、手のひらで転がし、粒をだんだん大きくするように力を入れてゆき、小豆大、大豆大、そら豆大に粒を育て、それがツヤが出たら、両手を交互に力一杯その粒を押して、二つの塊にし、それを合わせて一塊にしてから「でっちる」のです。」とあり、早い段階からツヤを出すことを心がけ、菊練りはあまり行われなかったようです。
管理人さんは途中での加圧は行わずに自然にまとまるのを待ち、最後に菊練りでツヤをだすと理解しました。
管理人さん風のほうがより平易なのではないかと思えました。
( 2015年02月28日 11:17 )
管理人 | URL | -
菊練について
ゴンゴロさん
基本の動きは、「棒練り」です。
これを左または右に回転させる、という捉え方をします。
つまり、「棒練り」が変化したものなのですね。
特殊な手法であると捉えると難しいです。
( 2015年02月28日 18:36 )
管理人 | URL | -
江戸風と管理人さん風
麺殿さん
水回しでは、粒を育ててて行き、艶のある(ピンポン玉のような)玉を作る…、という指導を私も受けたことがありますが、それは水回しの本質ではないような気がしています。
粉の一粒と水の一粒を、全体にわたって均一に(1対1で)結合させるのが理想とされていますが、実用上は、その結合状態が粟粒か豆粒位のレベルで出来上がっていれば、水回しはほぼ完成したといって良いと思います。
水回しとしては、それで終わりであって、粒を育てたりツヤを出したりする意味はないのではないかと思います。
この後の作業は、ドウの柔らかさを微調整するための水加減をするということであって、これは水回しの本質ではなく作業の容易性の話となります。
粒を育てて徐々に大きくしていき、ツヤのある大きな玉にする、という教えは、水加減のリスクを小さくするための「知恵」ではないかと思います。
「注意深く状態を観察しながら、水を加減しつつ、(極端には)ドウの大きさにまで少しづつ大きくして行けば、安全だ(安心できる)よ」ということではないかと思っています。
( 2015年02月28日 19:04 )
管理人 | URL | G5Zeud3U
江戸風と管理人さん風-2
麺殿さん
上に書いた内容では、話が噛み合ってないかもしれませんね。
こんど、お会いしたときにでも、またゆっくりと…。
( 2015年03月01日 10:13 [Edit] )
麺殿 | URL | -
てり
茨城の超粗挽きで有名な某店主が3つ大事なことを挙げていて、その中の1つが「てりを出す」でした。水のカップへ入れてぬらした指で加水しながらゴルフボールくらいになったそば球をさらにまわしてました。僕たちはゴルフボール同士がくっついてしまって動かなくなってしまうのですが、彼の指は自在に動き4-5個のゴルフボールは鉢の中を自由にまわってました。
「てりを出す」は「含まれた水を表面に出す」の他に「充分水が入った」のサインとしても使われるのでは、なんて今思いました。
本文とは関係のない話で済みません。
管理人さんは実証の世界で、僕はいわば観念の世界で禄を食んできたので、噛み合わない・・、でもそれがまた愉快です。
いつもありがとうございます。
( 2015年03月02日 21:54 )
えだまめ | URL | -
すごい 目からうろこ
すばらし記事です。
そば打ちを初めて、なかなか、腰のあるそばが打てませんでした。
練り-菊ねりの重要性がとてもよく、科学的にわかりました。
ありがとうございました。
( 2017年04月19日 03:37 )
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