「茹で」-伝承のコツ

2014年06月02日 11:23

 全麺協企画による、ある講習会で、鵜飼良平氏のお話を聞く機会がありました。
 講習会は、全般に硬めの内容のものでしたが、そういう中で落語のような語り口ながら大変有益な話をして頂いたものと思います。
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 氏は、老舗「上野藪そば」三代目店主で、プロとしての蕎麦の技術を継承されています。「上野藪蕎麦」は明治25年創業だそうですから、約120年間もの時間の積み重ねがある訳です。
 私などがここで書き連ねている解説(屁理屈)の数々は、ある種の「前提」の下で構築されている、いわば「モデル」による解法なのですが、長年の実経験の集大成としてのいわば伝統の技というのは、それらの「前提」なしのものですから、極めて重みがあります。(実経験による結果に対しては、前提が内在した屁理屈は通じません。理屈というのは、実験結果を後追いで解説する手段に過ぎない、ということでしょうね。)

 当日、鵜飼さんが語った「茹で」についてのお話は次のようなことでした。
 末節的なことかもしれませんが、120年間の3代にわたる毎日の作業の累積結果ですから、あだやおろそかにはできません。(太字が鵜飼さんのお話で、細字は不肖のコメントです。)

1 煮ると茹でるの差は、
  煮る…モノと汁が一体化すること。
  茹でる…麺が泳がなければならない。つまり対流がおこっていること。

 同じ麺で考えると、鍋焼きうどん等は、この煮るに該当するかもしれません。汁が麺に浸透していくことがひとつの目的になりますので、混ぜ合わせるよりも、ぐつぐつと煮立った状態を維持することが重視されるということです。
  一方、蕎麦を茹でるのは、湯(水分)を媒介とした加熱が目的ですから、麺と湯との熱交換が間断なく行われるように対流させることが重視されます。(蛇足;当初、麺は温度が低いので、麺に接した湯の温度を下げますから、効果的に加熱するには、連続的に、より高温の湯と交代させなければならない、ということです。)

2 蕎麦を湯に投入する際は、そーっと入れて、浮かすようにする。
  比較的高い位置からぱらぱらとほぐしながら入れるやり方が多いように思いますが、落とすのではなく、そーっと置くようにして、できるだけ切れないように扱いなさい、ということだと思われます。

3 一旦沈んだ麺が、上がってきそうだな、というときにやさしく箸を使う。
  投入した麺が、アルファー化(糊化)するにはそれなりの時間を要します。投入直後の糊化が不十分な時点で箸を使うと、切れやすいということだと思われます。
 また、箸を使って麺を動かすのは、投入直後の麺に接している湯の温度が低くなっているので、麺を動かすことによって麺に接した湯の温度を上げようとするものです。(ここで、はやくも、対流の原則が適用される訳です。)更に、鍋の底に焦げ付くのを防ぐという意味もあるでしょう。
  ここでは、箸を入れるタイミングを言っているのですが、「麺が上がって来たら」というのではなく「上がってきそうだな」という、微妙さ加減が面白いですね。麺の状態をよーく観察しなさいという意味でもあると思います。

4 箸をいれたあと、蓋をする。 蒸気が利用できる。
  なぜ蓋をするのかの説明として、蒸気を利用するためというような説明が行われましたが、良く聞き取れませんでした。話の印象では、表面に浮いてくる麺は空気に接することになりますが、これを蒸気の熱によって加熱するのだ、というようなことだと、受け取りました。蓋をしない場合と比べてどれだけの有意な差があるか不明ですが、できるだけ高熱を維持するという意味では、必要なことだと思われます。

5 湯が濁ってきたら、半分を入れ替える(「半返し」)。 湯が濁ってくると、麺と湯が一緒になって回るので、熱が通らなくなる。
  粉成分が溶け出すことで湯の粘性が高まるので、湯が麺に引っ張られるような動きを始めます。
  こうなると、1項で述べられたように、麺と湯の熱交換が効率的に行われなくなりますから、さらさらした新しいお湯に直ぐに変えなさい、ということです。

6 吹きこぼれそうになったら、火を止める。びっくり水はダメ。
  ガス釜が一般的でなく、火力の調整が難しかった時代(鵜飼氏は石炭、コークスなどを使っていた経験があるそうです)は、水を加えることでふきこぼれを防がなければならなりませんでしたが、今はノブをひねることで調整することで、それができます。
 鵜飼氏は、「火を止める」と言われましたが、火力を「弱める」ことで、ふきこぼれを防止することができ、なおかつ沸騰状態を維持できますから、茹での最終段階には、もっぱらノブで火力の調整をするというのも一つのやり方かもしれません。
 びっくり水はダメです、というのは何度か強調されていましたね。


 その他、打ち粉について次のようなコメントがありました。
1 打ち粉の使用はできるだけ少なく
2 振った後、手で撫でるのは不可
3 (むしろ)台の上に振るのが良い。多すぎるのはダメ。

 このうち、3番のご発言には、私、意を強くしましたね。
 次をご参照ください。
 「手延し?」 
 「打ち粉の役割」  


 今回、大変有益なお話を聞くことができました。
 120年の重みは、大したものです。


※鵜飼さんの話を聞かれた方で、上に書いたことで間違いや補足などありましたら、ご連絡ください。



コメント

  1. そばヲ | URL | -

    2点です・・・

    先ず、何時も興味深く拝読してます&過日はPDF対応有り難うございました。

    さて、掲題の『2点です・・・』が、
    1:茹でについて
     “湯(水分)を媒介とした加熱が目的”>“投入した麺が、アルファー化(糊化)”
     “「麺が上がって来たら」というのではなく「上がってきそうだな」”etc
     など、何時もながらの分析的解りやすい記載。『いいね!』です(笑!)

    2:打ち粉について
     滑らす為の・・・と滑らさない為の・・・
     の話を最初に聞いたときは、ビックリしました。
     只、呑み込み始めると、やんぬるかなって感じで、超納得しました!!!
     未だ、多数の方のお耳に入って無いであろう事や、、、
     時々自分でも齟齬をしてしまう事(加減???)・・・

    深遠なる蕎麦の世界、もっと深堀したいモノです〜
     

  2. 管理人 | URL | G5Zeud3U

    鵜飼さんのお話

     江戸弁というのか、ちょっと巻き舌で落語家のような語り口で、大変面白く、心地よい時間でした。

     打ち粉の打ち方について、これまでは、台の上に直接振ってはいけないと師匠筋からきつく戒められており、ずっと疑問に思い続けていたのですが、今回、120年の重みでもって「可」と断定して頂きまして、大変うれしかったですね。

     ただし、ぼてぼてっと、かたまりを落とすようなのは不可でして、鵜飼さんの江戸弁みたいに、粋にかっこよくサーッと撒かないといけませんね。

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