蕎麦を打つ目的

2010年02月10日 22:00

今日は稽古日でした。
 今夜も色々な話で盛り上がりましたが、段位認定制度との絡みで蕎麦を打つ目的についての話題がありました。
 蕎麦を打つ第1の目的は、当然ながら「いかに美味しい蕎麦を打つか」ということです。
 商売の場合は、「あわせて、いかに効率よく利益を生むか」ということが重要な目的になりますが、我々アマチュアの場合にはこれは該当しませんからひたすら味を追求するということになります。
 段位は、あくまでもその手段です。

 蕎麦を打つ人たちのなかに、段位について否定的な見方をする人がおられますが、私はそうは思いません。技術の向上のためには、大変有効であるからです。
 昇段試験では、最大公約数的な基本動作がその評価の主眼になっていますから、段位を目指して練習をつむことが基本を身につける効率的な方法となります。
 自分なりのやり方は、その基本を踏まえて、各々が考える良い味を目指してそれぞれに開発していけば良い訳です。味というのは、主観が占める割合が大きいですから、当然そのようになります。

 段位を否定的に捉える人の言い分に、手段が目的化されている状況を指摘する内容が多いようです。確かに、試験場をみると、大の大人が大汗かいて必死の面持ちで蕎麦を打っている訳ですから、本末転倒な感じを受けるのかもしれません。しかし、この情景というのは、当面の目的を段位の取得においているだけであって、良い味の蕎麦を打つという大目的をその先に置いていて、それを忘れているわけではないのですね。
 この辺のところを、我々自身もまた批判側に立つ人も見逃してはいけないと思います。

 私は、蕎麦を打つ目的として、もう一つ大事なことがあると思います。
 それは、「伝統の継承」ということです。
 蕎麦を打つやりかたは、江戸時代の中期ごろには大筋において完成され、その後、無数の先人たちによって様々な改善が加えられながら今日に至っています。いうなれば数百年に亘る知恵や技術が蓄積された大変貴重な財産なのです。
 こういう財産を我々はしっかりと受け継ぎ、これを確実に未来の世代に向けて引き渡していかねばならない責任があります。(もちろん、これは蕎麦打ちだけに限りません。)
 我々世代に与えられたこの使命を、蕎麦を打つ目的の一つに掲げなければならない、と私は思います。
 
 そのためには、原理を理解し、その理にかなった美しい所作による蕎麦打ちができなければなりません。
 蕎麦打ちは、日本の伝統の継承のため、やりがいのあるかつ面白い世界だと思います。

本日の肴。
本日の肴。左上は手作り蒟蒻の刺身。冷奴の皿にのっているのは、これも手作り蕎麦味噌。


萩◎料理長による掻き揚げ
萩◎料理長による掻き揚げ(海老の剥き身入り)




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