「そばもん」の教え

2013年07月24日 12:14

 「そばもん」という、蕎麦を題材にしたコミックがあります。
 仲間内にこのシリーズを持っていいる方がいましたので、お借りして纏めて読ませてもらいました。
 蕎麦にまつわる薀蓄などを漫画にしてわかりやすく描いてあってなかなか参考になりました。
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 このうち、第何巻であったかわかりませんが、同意するシーンが2か所ありましたので、その部分だけスキャンさせてもらいました。

■1か所目
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 シチュエーションは、若い蕎麦職人A(画面右)が、熟達者である主人公B(画面左)に技術的なことを習うというものです。

 画面右で、Aは、習った沢山のことを忘れないように記録をとっています。このこと自体は大切ことですが、Bは、単に結果の記録ではだめだ、ということを言っています。
 より大切なことはその理由、つまり、なぜそうするのか、なぜそうなるのか、なのだという訳です。というのは、状況が変わったときにも適切な対応が取れるからだ、とBは言います。
 このことはまた、技術向上を図る上でも大変重要だと思います。
 以上のことは、次のエピソードにも関連しています。


■2か所目

 シチュエーションは、うだつの上がらない蕎麦屋の主人C(画面左)が、繁盛している店の主人D(画面右)に教えを乞う、というものです。
 Cは自分なりに相当頑張って、習っているのですがなかなか腕が上がりません。そういう中、ついにある日、上達しない原因について、Dさんにガツンと言われてしまいます。
  sobamo2.jpg

 実は、Cさんは、そばの打ち方をなんとかしようとして、教わった手順に拘泥してしまっているのですが、Dさんは、それではいけないという訳です。
 手順通りやれば、期待するものが出来上がるというものではなくて、期待する姿をしっかりとイメージして、そうなるためにはどういう手順で行うべきかを考えなさい、という訳です。

 初心者の段階では、定まった手順をなぞるのは大変重要ですが、ある段階からは、自分なりの考え方、やり方になっていかねばなりません。蕎麦打ちの環境は一定していませんし、自分の体や考え方に合った打ち方というのは人それぞれに異なるからです。

 蕎麦打ちについてのいろいろな動作について、完成までの工程を回数で把握するように、教えたり教えられたりすることがあります。たとえば、「捏ねの回数は100回にしなさい」「角出しの時の転がす回数は4回です」「切りの構えは、まず右45度にして…」等々、等々。
 これらの数値は目安にはなりますが、それを守れば必ずしも目的が達せられるという訳ではありません。(Cさんの例)

 本来的には、まず、目的とする状態(自分が作り上げたい状態)をしっかりとイメージし、そこに向かって、毎回異なる環境(粉の種類・量・状態、繋ぎの比率、加水の状態、気温、湿度、屋内・屋外の区分…等々)を十分考慮して、その上で、必要な動作(操作)を取るということが肝要です。

 基本的な動作や目安となる回数等は、特に初心者に取っては重視すべきことですが、本当はこうなのですよ、ということを理解したうえでのことでないと、いつまでもそのレベルでうろうろすることになってしまうことになります。

 そばもんは藤村和夫氏※が監修をしておられ、随所に藤村氏の考え方や経験などが散りばめられているように思われます。大変よくできた漫画でした。(絵が少し…、とは思いましたが。)
(※藤村和夫氏は、有名蕎麦屋の店主であり蕎麦研究家であり、名著を残されていますが2011年に逝去されました。)
 


コメント

  1. | URL | R.Q98g/o

    SB

    変えないために 変える! この言葉が好きです。
    必ず、刻々と変わる条件・状況を受け入れて それでも 最終結果は変えない様に最良のモノにする。

    客観的観察と応用力。

    なお、料理は科学。蕎麦打ちも 同じく 科学。

  2. 管理人 | URL | G5Zeud3U

    や様へ

     コメント、ありがとうございます。
     
     「客観的観察と応用力。」
     この辺に尽きると思います。
     しかし、両者ともに深い。
     そこがまた面白いと言えば面白いですね。

     

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