繋がれば良いというものでもない?

2012年07月08日 16:47

 「soba-ml」という、そばについてのメーリングリストがありまして、私はもっぱらROM(Read Only Member)で楽しませて貰っているのですが、先日そのメーリングリストで、練りについての話題があり、大変参考になることがありました。
 それは、そばの香りにも関連することでして、香り成分を含んでいる気泡をそばの中に維持させるためにどうするか、というような議論でした。

 「そばの中の気泡」というのは、イメージとしては、そばの内部の状況を握り寿司に例えれば、「上手な握りは表面付近の米粒同志はしっかりくっついていますが、内部のご飯は圧縮されていなくて、噛むとさらっと崩れます。 なので美味しい。 へたな握りは中までかちかち。」、だから、丈夫な麺線が必ずしも良いという訳ではない、ということなのです。

上手な握り(ふんわり―空気層あり)押し寿司(圧縮 - 空気層なし)
  上手な握り(ふんわり―空気層あり)       押し寿司(圧縮―空気層少なし)

 そばを打つ時に、そばの内部構造がふんわりなるように打てば、その隙間の部分に香り成分を含む空気が留まることになり、そばの香りをより味わえることになる、という訳です。つまり、練り過ぎは良くないのでは、ということです。

 今回のこの話話題、私は認識を新たにしました。
 そうか、そんな見方があるのかと。

 私は、これまで、恥ずかしながらそこまで考えてはいませんでした。
 私の考える、「目指すべき蕎麦とは、美しい姿と形」。これぞ日本の食文化の粋、日本人の美意識の発露。

 そこで、美しい姿とはなにかというと、
 ざるに盛った時、強く引き締まっており張りがあること。しなーっとして水もしたたるようなのは論外。ハエが軽々と潜り抜けられるようでないとダメ。口に含むと、口内を軽く押し広げるような感覚があり(これぞコシ?)、そして蕎麦の角が口の中のあちこちで感じ取れる…。

 そして次に、美しい形とはなにかといいますと、
 断面はあくまで正方形。適度な細さで適度な長さ。太くて、食べるときにもそもそなったり、平ぺったいのは、NG。

 とすると、次に、こうあるためにはどう打つかということになりますが、簡単に言えば「圧するような捏ねと搗くような延し」です。どちらかというと、後者が大事。そして、正確な切り。

 寿司で例えるならば、目指すは、固めの押し寿司ということになるのでしょうか。ただし寿司と違うのは、そばの場合には茹でという工程が入りますから、茹で不足などのことがない限り、カチカチのまずい寿司ということにはなりません。

 しかし、いずれにしても、上のような私の考えは偏っていたのかなぁ、と思った次第でした。つまり、わざとふんわりさせるような打ち方ももあるのだと、そして美味しさの大事な要素としての「香り」を引き立たせるという考え方もあるのだと、…。

 どっちを取るかは、まさに好みなのですが、皆さんはいかがでしょうか。

 それにしても、この「香り」。
 水回しの初期段階でふわっーとくるあの香りを嗅ぐと、良いなぁと思いますが、実は、食べるときの香りというのは、私はあまり強く感じ取れません。上のような打ち方をしていることがそれほど影響しているとは思えませんので、個人的に嗅覚が鈍いのかもしれません。 嗅覚を高める訓練が必要なようです。


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