始め良ければ「切り」も良し

2012年03月27日 10:51

 昨日(3.25)NPO法人そばネット埼玉の主催による会員対抗の蕎麦打ち選手権大会が行われまして、参加して参りました。
 私の参加目的は、大会そのものではなく、これをひとつの目標として、練習の過程で切りの錬度の向上を図る、ということだったのですが‥。
 結果は、「自分にとって、切りはやっぱり難しい。まだまだだなぁ。」という認識を深めたという状況でして、当初の目的を完全に達することはできませんでした。

 当日の参加者数は33人で、概ね全麺協の3段か4段の方々だったようです。
 参加者の技量を見ますと、すばらしい切りをされた方が数名おられまして、やはり、その人達が上位3位までの成績を収めていました。また、そのうちの2名は女性でして、丁寧な作業ぶりが効を奏していたようです。

 こうしてみますと、切りが上手な方は、全体も上手であるといえるようです。
 一般に、蕎麦打ちの各段階の作業の出来不出来は、前の作業の影響を強く受けておりまして、失敗の芽はすでに前の作業の中にあります。
 これは、逆にいいますと、最終完成品である麺線を良くしたいのなら、「切り」だけに血道をあげてもだめであって、その前の作業、さらにその前の作業を良いものにしなければならない、ということです。始め良ければ終わり良し、というわけです。
 当たり前といえば当たり前ですが、このように、個々の作業が最終段階に直結しているということを強く意識をすることが大事ということではないのかなぁ、ということです。

 ①適切な水回しでしっかしした麺生地の基礎を作り、②適切な延し作業で厚さ均一のひき締まった麺生地を作り、あわせて無駄の出ない正確な矩形を作り、③最後に、適切な包丁さばきで腰がしっかりした麺線を作る、というわけです。

 こういうことができる方が、素人の中にちゃんと居られる訳ですから、訓練を積めば私にもできないことはないはずなのです。しかし、進歩の度合いには個人差がありますので、私の場合は時間が掛かるということなのでしょう。(と。思うことにしました。)

 下の写真は、youtubeの「越前蕎麦道場(http://www.youtube.com/watch?v=0yGBzGtQ0dQ&feature=channel)」からお借りしましたが、見事な切り作業です。冒頭の大会での上位入賞者もこんな感じの出来具合でした。

 麺線自体の姿形の美しさはもとより、先端部がきれいですし、最後まで一定の幅になっています。
 通常、きり終わりの部分は、ほとんど屑状態になるのですが、最後までしっかり切れているようです。
    koutei-1.jpg

 切りくずがほとんどでていません。象の鼻など論外、といった風です。
    koutei-2.jpg

 切りくずがでないのは、矩形の各辺が直線できちんと重なってるという点が大きいように思われます。
    koutei-3.jpg

 厚さが均一になるのはもとより、直線・直角がきれいに作られています。生地の硬度(柔らかさ)が適度で、加工が容易である、というのも大きなポイントです。
    koutei-4.jpg

 それもこれも、その原点は、ここにあります。適正な加水と的確な水回し(均等な水分の配分)が行われなければなりません。「水回しが大事だ」とよくいいますが、その意味は、蕎麦打ちの基礎工事であるから、ということではないかと私は思います。
    koutei-5.jpg


 当日の試技中、切りの段階で審査員のお一人が私の前に立たれたのですが、そのとたん、空打ちを数回やってしまいました。
 「脊髄(せきずい)で切る」に書いたとおりの現象となった訳でして、やはり「自分にとって、切りはやっぱり難しい。まだまだだなぁ。」と思い知った次第です。





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